通〜ぶりズム

街を通ぶって歩く、通〜ぶりストたちによるブログです

海のない海  飛鷹

「海行きたい。明日海行きたくないですか?」

 ゼミで向かったベトナムの街、ホーチミン。配車アプリで捕まえた窮屈な七人乗りのタクシーの中、上ずった友人の声はすげなく遮られる。

「いや、ホーチミンには海がないらしいよ」

 そうか。海がないのか、と考えた。じわりと肌の下から湧き上がってくるような暑さと湿度のせいか、あるいは輝かしいダナンリゾートのイメージのせいか、あると思っていたホーチミンには意外にも海がないらしい。

 代わりにあるのは音楽だ。繁華街のクラブのリズム。反復するクラクション。ナイトマーケットの客寄せ文句。それらは時に別々に聞こえ、時に混ざり合い、一つの鳴動する脈拍になる。そのリズムの一つに横断歩道の渡り方もあった。初日は東京と離れた無法さ、無遠慮さにおっかなびっくり固まり、小魚の群れさながらで進んだのだが、二日目の自由行動では笑いながら歩道を渡る様子も見られた。

「なんか、慣れてきたね」

 慣れてきた。それはバイクとの距離感であったり、足を進めるタイミングであったりする一つのリズムへの順応だ。ホーチミン動線は滑らかで、ルールが少ないにも拘らず混み合う道路の中で人々がぶつかり合うことも重大な事故につながることもない。

「海の魚がぶつかり合わないのと一緒だよ」

 教授が言う。そう思うと、私たちもまたこの都市の中に紛れ込んだ一匹の魚なのかもしれなかった。街の移動に慣れ、クラクションに慣れ、値引き交渉を楽しみ始める。

 確かにホーチミンに海はない。しかし、まるで小魚が恐る恐る潮に乗り始めるのと同じように。初クラブへ行った少年少女がおもむろに音楽にノリ始めるのと同じように。私たちはホーチミンという異国の海を泳ぎ始めているのかもしれない。

 そう考えながら私は激しいナイトマーケットの値段交渉の結果、Lサイズで買ってしまったTシャツに腕を通した。まだやはり少しぶかぶかだった。

 

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ホーチミンの夜の「海」