通〜ぶりズム

街を通ぶって歩く、通〜ぶりストたちによるブログです

同じ博物館に5回行ってみたら

同じ博物館に2年半で5回訪れるというのは、かなりのマニアに相当するのだろうか。タイトル通り、私が5回も見学したのはベトナムホーチミンにある戦争証跡博物館である。

 戦争証跡博物館は、ベトナムの戦争の歴史を伝える博物館であり、戦場での目を覆いたくなるような悲惨な写真や枯葉剤の影響を受けた奇形児の写真、またそのホルマリン漬けなどがベトナム語と英語で展示されている。

 

現在大学卒業を間近に控えた私が初めて同博物館を訪れたのは、大学1年生の8月だ。大学入学と同時にベトナムで現地学生との交流会を開催するサークルに入会した私はベトナム漬けの大学生活が始まることとなった。初めてのベトナム渡航初日、先輩に連れられ1度目の戦争証跡博物館訪問。初めて見学した時は、「可哀想」「戦争はひどい」という平和学習のありきたりな感想のみだった。正直に言えば、悲惨な展示を見ても当時の私にとってはベトナムという遠く離れた異国の地で起きた戦争の一つに過ぎなかった。

 

ベトナム滞在中はたくさんの大学や日本語学校を訪問し、行く先々で学生との交流会を行った。一回の渡航で出会うベトナムの人は数えきれないほどだった。半年おきにベトナム渡航を重ねた3年生の8月。気づけば5度目の渡越だった。慣れた足取りで戦争証跡博物館に到着し、メンバーから入場料の40,000ドン(200円)を集める。しばらくベトナムに来る予定もないし、久しぶりにしっかり展示を見てみようと思い、初めて見学するメンバーと一緒に館内展示を見て回る。ふと気づいたことがあった。

 

「知ってる単語が増えてる。」

 

 5回も同じ展示を見ているからというだけでなく、それまで多くのベトナムの人と交流を重ね、彼らと話し、聞いてきたことが私の知識となっていたからだ。顕著だったのが地名である。写真のタイトルとともに描かれている撮影地を見ると「〇〇さんの出身地だ。」「前に訪問した学校の近くだ。」などとベトナムの友人の出身地や訪問したことのある地名であった。その瞬間、知らない異国の地で起きていた出来事の写真と自分の経験が結びつき、無性に展示に吸い寄せられていた。ベトナムという地に何度も赴き、多くの人と交流する中で、ベトナムが単に異国ではなくなっていることに気づいた。ベトナムで起きた過去の悲惨な戦争に対して2年半前のように単なる他人事と感じるのではなく、たくさんの友人の故郷であり、私がたくさんの経験をさせてもらったベトナムという地で起きた出来事なのだと感じた時、戦争の悲惨さや平和の大切さを改めて考えさせられた。

 

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見学しているのは欧米の観光客がほとんど。日本人の見学者はあまり見かけない。


 現在の平和な日本に生まれた私たち世代には、平和が当たり前で戦争は過去の話にすぎない。それを自分に関連付け、「自分ごと」として捉えるのは正直なかなか難しい。学生時代の平和学習で扱われるのは、戦争映画や戦争博物館の見学、体験者の語り。どれもダイレクトに平和の大切さを伝えるものであるが、それは無縁の別世界で起きたことであるといったような他人事感が拭えない。戦争を知らない世代が、戦争を無視できないような環境を作り、誘導していくような長期的なスパンでの平和教育が実践できれば「平和」の本当の意味を考える小さなきっかけを得ることができるのではないだろうか。