通〜ぶりズム

街を通ぶって歩く、通〜ぶりストたちによるブログです

越境者の出会う街

アメリカのごはんは美味しくなかった。
いや、よく味がわからなかった、と表現するのが適切かもしれない。

 

私の出身高校には、1年生向けの課外プログラム「アメリカ研修」なるものが存在する。
例年、春休みを利用して有志20名前後がアメリカに渡り、ボストンでホームステイをしながら現地の語学学校に通ったあと、おまけに数日間だけニューヨークを観光する約2週間のプログラムだ。
参加者は2~3人ずついくつかのホームステイ先に割り振られ、ホストファミリーのもとで異文化の暮らしを体験することができる。

 

今だから言えることだが、私のホームステイ先は「ハズレ」だった。
ホストファミリーは一人暮らしの中年女性。
空港から移動してきた初日の夜、同じホームステイ先になった同級生と2人で挨拶すると、疲れた、眠いと言いながら簡単に家の中を案内してくれた。
そして、大きなスーツケースを持ち運ぶことにも、家の中を土足で歩くことにも慣れない私たちには目もくれないまま、

 

「ごはんは冷蔵庫に入っているものを温めていつでも自由に食べて。パンもヌテラもあるし、前に日本人が置いていったものもあるから」

 

とだけ言い残して、彼女は自室にこもってしまった。

 

彼女の言う「前に日本人が置いていったもの」は、お茶漬けだった。
包装の様子からして、日本人が自分で食べる用ではなくホストファミリーへの日本土産用らしかったため、未開封のまま放置されているのがなんだか切なかった。

 

その日本人が私たちの到着する数日前に去ったと言っていたことや、私たちの他にも2人の留学生が滞在していたことから推測するに、彼女は外国人のホームステイを好んで受け入れていたというよりは、単に受入れの報酬を生活の足しにするためにベッドと食べ物を提供していたのだろう。

 

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冷蔵庫のタッパーから取り出して盛り付けたごはん

 

ホームステイ中、毎度ごはんは冷蔵庫に入っているものを温めて、同級生と2人で食べた。
美味しいとは思わなかった。

 

食事のたびに、ボストンでの私は「外」の人なのだと感じた。
ホストファミリーと家族のように食卓を囲むことなく、ただ生きるために食べ物を提供してもらっている異邦人。
異文化の暮らしを体験するつもりが、日本でもアメリカでもない異次元の世界に飛び込んだような感覚になっていた。
お茶漬けを置いていった日本人は、どんな気持ちでこの食卓についていただろうか。


その家のセントラルヒーティングは、異文化の暮らしを体験したかった私の心を温めるには不十分だった。