通〜ぶりズム

街を通ぶって歩く、通〜ぶりストたちによるブログです

遠くなる「海の向こう」

世界で新型コロナウイルスが猛威を振るった昨年以降、世界の国境は閉ざされた。現在ではワクチン接種が進む国々での行き来が再開しつつあるものの、依然として国境のハードルは高い状況は続く。コロナ下において、国境を越えての旅行は一気に現実味がなくなってしまった。当たり前のように街にあふれていた外国人観光客の姿は、今やない。

 

日本は四方を海で囲まれた「島国」だ。天然痘、麻疹、コレラスペイン風邪…。過去に海を越えて流入した流行病を挙げると、枚挙に暇がない。今回の新型コロナウイルスも、人々には海の向こうよりやってきた「禍」として認識されているのではないだろうか。

そんな文脈もあってか、変異ウイルスが発生する度に「水際対策を」との声が大きくなる。当然、疫学上(専門外なのでこの辺りにしておこう)この施策が間違っていると言いたい訳ではない。ここで取り上げたいのは一つ。「国境」がコロナ前より高く認識される世の中になった。そんな中、「海の向こう」(からやって来た)人々に対する見方が変わっていやしないだろうか、ということだ。

 

コロナ前、都内を歩けばインバウンド対応の外国語表記に溢れていた。家電量販店がいい例だ。日・英・中・韓、多種多様な言語で溢れた光景だ。そんな家電量販店も、薬局も、そのほかの場所も。何か「海の向こう」の息吹を感じにくくなっているように思えてならない。当然、インバウンド需要を当て込んだ外国語表記の整備なのだから、人々が「海の向こう」から訪れなくなった今や、その表記は用をなさないと言われても仕方がない。しかし、コロナ下の日本にも「海の向こう」からやって来た人々が多数いることを忘れてはならないだろう。

 

私の地元に近い群馬県大泉町日系ブラジル人コミュニティーがあることで有名なこの町の現状を調査したのは半年前。調査の一環で訪れた一軒の飲食店に、示唆的なものを見つけた。ポルトガル語表記の感染防止策周知ポスター。当然この町にも課題はあるのだが、「海の向こう」からやって来た人々の存在を認め、共に暮らすヒントがこのポスターに込められているように感じた瞬間だった。海の向こうから「やってくる」人々だけに目を向けるのではなく、「やって来た」人々と共に暮らすこと。これを意識できる社会でありたい。

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日系ブラジル人向けのコロナ対策ポスター。大泉町は日本で暮らす外国人に向けた情報発信がきちんと為されている自治体の一つだろう。