通〜ぶりズム

街を通ぶって歩く、通〜ぶりストたちによるブログです

命の境界線

ベトナムの街には犬がウロウロしている。リードもせず、首輪もせずに。

街が変われば犬の飼い方も変わる、そんな異国情緒に浸った。

犬好きの私にとってはまるで天国のような場所だ。

 

しかし変わるのは「飼い方」だけではないと気づいた。それは現地に着いて二日目のことだ。「この先に犬食通りがあるよ。」と言われた時の衝撃は未だに覚えている。ベトナムでは犬を食べるのだ。犬の「立ち位置」だって国が違えば大きく異なることを知った。必ずしも「ペット」ではない。

日頃から愛犬の芝犬と戯れている自分にとってこの事実は受け入れ難かった。しかし自分自身も動物の命を食べている以上、他国の食文化に口を出す権利はない、そう考えこの話題を極力避けながら過ごした。

 

そんな中興味深い事実を知った。犬を食べるベトナムでも近年は経済成長が進み、犬を「ペット」として飼うことが増えているのだ。犬は富裕層の「ステータス」を象徴するものとして変化している。そうであるのならば、経済成長とともに段々と犬も食べられなくなってくるのだろう。(現に犬食は減少しているらしい)

 

ふと食べられる命と食べられない命の曖昧な境界線に気づく。「ペット」として愛着が湧けば食べられないなんて、人間の感情次第で理不尽である。そんなことを考えながらベトナムワンコを眺め、日本の愛犬に想いを寄せていた。

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ベトナムワンコ。小さな体で街をウロウロしていた。